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From Hachioji with Love

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『響け!ユーフォニアム2』感想|田中あすか解体新書1/4

 

 響け!ユーフォニアム2期が放送開始する直前に、Tumblrにて「響け!ユーフォニアム放送記念〜心理学的アプローチから田中あすかを紐解く〜」と銘打って、倫理的利己主義の観点と、ペルソナ理論における役割距離の観点との2点から、厚い仮面に覆われていた田中あすかの本性に迫るという内容の記事を掲載していました。

 2期が終了したところで、この作品を『田中あすかの物語』としたときに、本質的にはどのような事象が描かれていたのかについて改めて暴いてみたいと思います。

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①【1期】久美子や麗奈のように、一個人に依拠する(ある種では利己的な)欲求を持っている。しかし一方で、二人とは異なり、倫理的利己主義者的なアプローチでそれを解消している。

  1期で中心に描かれていたのは、久美子と麗奈の二人が、トランペットとユーフォニアムを通して(≠吹奏楽を通して)特別な存在になろうともがく物語です。

 内面から沸々と湧き上がる、「特別になりたい」という一個人に依拠する欲求。もしもこの物語が美術部を舞台にした物語であれば、久美子や麗奈はどうしていたでしょうか。きっと脇目も振らず、一心不乱に自分の世界に没頭する事でしょう。

 一方、この物語の舞台は吹奏楽部。吹奏楽部の活動を通して、「特別になりたい」という自己実現を図ろうと考えるならば、それは同時に、全員が一つの想い・目標を共有し、全てのメンバーが一致団結する(=他者に阻害されない)ことも必要にならざるを得ません(=必要条件)。

 しかし不運な事に(原作の武田さんは意図的にこのシーンを挟んだのでしょうけど)、10話・11話のソロオーディションのエピソードでは、一個人に依拠する欲求と、全てのメンバーの一致団結という両者が対立してしまいます。

 このとき麗奈は、演奏の実力でねじ伏せるというアプローチを選択しました。一方でその選択は、部の雰囲気を壊してしまうリスクをとるということでもありました。事実、滝先生が公開オーディションを行わなければ、部は不穏な雰囲気のまま、地区大会に臨むことになっていたでしょう。つまり、一個人に依拠する欲求を解消するための必要条件である全てのメンバーの一致団結が成立しなくなることになりかねませんでした。

 ここで、田中あすかに目を向けてみます。

 あすかも二人と同様に、「ユーフォが吹きたい・音と戯れていたい」という(2期でその詳細が明かされますが)一個人に依拠する欲求を持っています。しかし、その欲求解消を他者に阻害されないために、彼女は倫理的利己主義的なアプローチでそれを回避しました。その具体的な内容については、次回(12/30)の記事で触れたいと思います。

※参考

 倫理的利己主義とは、どのような規範が正しいかを考える際に、「自分だけの『幸せ』をもたらすものがよい」とする考え方で、「規範についての利己主義」である。 目的論の倫理学ではあらゆる行為を目的達成のための手段と考える。 そして行為の善悪は目的の善悪で判断する。 その究極の原理は「幸せ」をもたらすものは善である、というものである。

(中略)そこで賢い利己主義者はできるだけルールを守るようになる。 尊敬を集めるために、他者のためにしかならないと思えるようなこともするようになる。

(中略)だが、利己主義者がなぜそのようなことをしているのかの真の理由は「自分の幸せ」であって、他者の幸せではない。 他者を害しても自分は絶対報復されないような場合には平気で他者を害せるのが利己主義者である。 本当に倫理的利己主義が規範たりうるかどうか、は難しい問題である。

引用元:倫理的利己主義

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